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札幌高等裁判所 平成8年(ネ)149号 判決 1997年10月31日

控訴人

畑原良樹

右訴訟代理人弁護士

岩本勝彦

花形満

右訴訟復代理人弁護士

石川和弘

被控訴人

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

田中登

向井諭

小黒芳朗

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  当事者の求める裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は、控訴人に対し、金五四一七万円及びこれに対する平成五年八月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

二  事案の概要等

事案の概要は、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであり、証拠関係は、原審及び当審訴訟記録中の証拠目録に記載の通りであるから、これらを引用する。

三  当裁判所の判断

1(一)  本件火災の発生原因及び状況

(1) 乙第一ないし第五号証、同第六号証の一、二、同第七号証、同第八号証の一、二、同第九号証の一ないし五七、同第一三号証、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

本件建物は、JR納内駅前商店街の背後に位置し、納内市街地の中心地に所在する木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建寄宿舎であり、周辺には共同住宅、商店、個人住宅が密集している。

本件火災は、平成四年四月三日午後八時二六分頃発生したものであるが、本件火災発生直後の消防本部の調査においては、木骨モルタル塗の本件建物内部の状態は、一階物置前の廊下付近の焼きが強く、物置前廊下から東西に延焼していること、一階物置前の廊下付近には箪笥一棹及び右箪笥の前に巻かれた状態の絨毯が置いてあったが、これらは焼失していること、箪笥の下に敷いてある絨毯の下は焦げていないこと、右廊下を挾んで居間に通じる通路に置かれていた長椅子一脚、ベッドマット一枚も焼失していること、他の部分の焼きは弱く、クロス張りの壁が熱のため一部泡状に膨らんでおり、右箪笥の上部の天井及び二階床部分が焼け落ちていたこと、二階部分の客室、壁は泡状になっており、一、二階とも全体に煤けているのが見分され、右のような見分結果から、出火点は一階物置前廊下に置いてあった箪笥付近であると判定している。

また、出火箇所に火源となるものはなく、右の状況等から、出火原因としては、当日本件建物に入った控訴人もしくは第三者の煙草の火の不始末、放火、電気関係、子供の火遊びが考えられるが、本件建物の配電板にショート跡はなく、入居者が居なかったこと等からも電気関係によるものとは考えられず、時間帯から見て子供の火遊びによるものとも考えられず、煙草の火の不始末や放火も推測であり、現場に放火であることを示す物件は発見されなかったとしている。

なお、本件建物は、学生用のアパートであるが、平成四年三月二八日に入居者が退去した後は、入居者はおらず、三月二九日から同月三一日まで改装工事のため業者が出入りしていたが、本件火災発生当日である四月三日には業者の出入りはなかった。控訴人は、当日、午前六時三〇分頃から約一時間三〇分、午後三時頃から約一時間三〇分の二回にわたり本件建物に入ったが、その余は無人であり、控訴人は本件建物内で喫煙はしていない。また、本件建物内には、多量ではないがシンナー、灯油が置いてあった。本件建物には、南東側、南西側及び東側にそれぞれ出入口があるが、後記のとおり、本件火災発生当時、南西側及び東側の出入口はいずれも施錠されていなかった。

(2) 右認定の事実によれば、本件火災は不審火というべきものであるが、その出火場所は本件建物内部であり、本件建物は当時施錠されておらず、第三者が自由に出入りできたとはいえ、本件建物の周囲は商店や住宅が密集しており、時間帯からみても人目につきやすいところであるから、通りがかりの第三者による放火であるとは考えにくい。

(二)  控訴人が本件建物を取得した経緯等

(1) 乙第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、本件建物は昭和五九年に学生用アパートとして建築されたものであり、もと平林勝隆(以下「平林」という。)が所有していたこと、本件建物について、昭和六三年四月二六日、抵当権者の申立てにより、同月二七日、旭川地方裁判所において不動産競売開始決定がなされ、平成二年九月から数回にわたり売却が実施され、買受け希望者がいなかったが、平成四年二月の期間入札(最低売却価額一〇九一万円)の実施の際に控訴人が一〇九二万円で入札し、平成四年三月四日控訴人に対する売却許可決定がなされ、控訴人が代金を納付してこれを取得したことが認められる。

(2) 乙第一四号証、同第一五号証の二、三、同第四〇号証、原審証人辻口幸夫の証言、原審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

平林は、本件建物の敷地をその所有者である面千恵子ら(以下「面」という。)から貸借していたが、昭和六一年一月以降賃料の支払いを怠っていた。また、本件建物には、昭和六一年三月六日付けで、権利者・辻口幸夫(以下「辻口」という。)、借賃・一か月一〇万円(支払済み)、存続期間・同年二月一三日から三年間、特約・譲渡転貸ができるとの同年三月六日設定の貸借権設定仮登記が経由されており、辻口が本件建物を占有・管理し、入居者から賃料を取得していた。辻口は、本件建物を占有することに関して敷地の所有者と話合いをしたことはなかった。

辻口はいわゆる暴力団員であり、控訴人の中学校当時の先輩の関係にあったことから、控訴人は辻口の素性は知っていた。なお、辻口は、昭和五二年に他の暴力団員と共謀して保険金を詐取したとの容疑で逮捕されたことがあり、昭和六二年八月には自宅が原因不明の火災により損害を受けたとして約四〇〇〇万円の保険金を受領し、また、辻口の経営する会社が管理していた建物で原因不明の火災が発生したこともあった。

(3) 甲第一二号証の一、二、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、滝川市の自宅に家族と共に住み、自宅を事務所として給排水管洗浄等を目的とする畑原管工株式会社を経営していた。控訴人は、旭川地方裁判所において競売手続に付されていた深川市所在の本件建物を代金一〇九二万円で買い受けたものであるが、本件建物の敷地の賃料が昭和六一年一月以降支払われていないのに、入札に先立ち、敷地の所有者である面らには何らの連絡も取ることなく、辻口に問い合わせをしたのみで入札に参加した。なお、本件建物につき入札した者は、控訴人以外にはいなかった。

(4) 控訴人は、原審における本人尋問において、控訴人は、平成二年頃から収入の安定化を図るためカラオケボックスを経営することを考えており、そのための適当な物件を探していた、平成四年一月に旭川地方裁判所で本件建物が競売に付されていることを知り、本件建物はカラオケボックスには向かないと考えたが、同年二月初旬に控訴人の元請業者らから拓殖大学北海道短期大学の学生が増える等の話を聞き、本件建物を取得して引続き学生ないし社会人の単身者用のアパートとしてこれを経営することを考えるようになった旨供述し、右供述及び甲第六号証、同第二六ないし第二八号証、同第二九号証の一、二、同第三〇号証の一ないし七、同第三一号証、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、平成二年頃から長期間にわたってカラオケボックスの経営を考えていたことが認められるが、控訴人の右供述によれば、平成四年一月に本件建物を見付けて、長期間考えていたカラオケボックスの経営から急きょアパート経営に変更したことになり、それから一か月も経たないうちに本件の入札をしたことになる。また、原審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件火災発生後の平成四年四月二〇日頃、本件建物を取り壊したが、本件建物の修理ないし再築の段取りは何らしていないことが認められる。

(5) 甲第七ないし第九号証、同第三二号証の三、乙第五四号証、原審証人辻口幸夫の証言、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

平成四年三月当時、それまで本件建物の所在地と同じ地域である深川市納内にあった拓殖大学北海道短期大学が翌年度から約九キロメートルほど離れた深川市メム地区に移転することになり、また、その跡地にできる予定のクラーク記念国際高等学校は、広域通信制高校であり、学生は、年間四週間スクーリングを受けに納内地区の校舎に来るが、その間は全員が学生寮に滞在するというものであり、同年四月以降は納内地区では学生用アパートの需要がほとんどなくなった。そのため従来同地区に数多くあった学生用アパートは、ほとんど入居者がいなくなって、閉鎖したり転業したりし、学生や社会人の単身者がわずかに入居しているアパートもあったが、それらは各室にバス・トイレ付き等設備の優良なアパートであった。本件建物の各室の設備はベッドと机だけであり、設備においても劣るものであった。したがって、本件建物の入居者を確保することは客観的にも難しい状況にあり、現に、それまで本件建物に入居していた学生は平成四年三月末までに全員退去し、同年四月以降の入居予定者はいなかった。そして、控訴人も、本件建物につき拓殖大学北海道短期大学に学生アパートとして登録したほかは、積極的に入居者を募集したことはなかった。

(6) 右のとおり、控訴人が本件建物を買い受けた平成四年三月当時、本件建物を引続き学生ないし単身者用アパートとして利用していくことは困難な状況にあったものであり、辻口が本件建物の占有を止めるに至ったのも右のような状況にあったことが一要因であるとも考えられる。控訴人は、本件建物で学生ないし社会人の単身者を対象としたアパートを経営するつもりであったと供述するが、右のような状況にあることや控訴人が従来から事業を営んできている者であることを考えれば、右供述内容は極めて合理性を欠くものであり、さらに、控訴人は、本件建物を一〇〇〇万円以上もの資金を投じて入札するのに、これに先立ち、敷地の所有者に長年賃料が支払われていないのに、敷地の所有者に対して、本件建物買受け後の敷地利用の存続を図る措置を何らとっていないことや、本件火災後の平成四年四月二〇日頃には本件建物を取り壊し、本件契約の保険金額は後記のとおり再築費用が担保されているものであるのに、本件建物の修理や再築の段取りを何らしていないことは、控訴人が本件建物でアパート経営をするつもりがあったということに疑問を抱かせるものである。

もっとも、甲第三二号証の三、同第三六号証の一〇、同第三七号証の一ないし三、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、本件建物につき、拓殖大学北海道短期大学にアパートの登録をしたこと、平成四年三月三一日、本件建物の便所の汲取りをしたこと、同年三月二五日頃から同年四月五日頃までの予定で、本件建物の外部モルタル修繕、二階各室・廊下美装等の内外装工事をしたことが認められるが、便所の汲取りをしたとの点は当審において初めて主張されたものであり、内外装工事については畑原管工に発注したというものであって、高額の費用を要するものではなく、これらの事実はいずれも右認定判断を左右するに足りるものではない。

(三)  本件建物の買受け資金

乙第一四号証によれば、控訴人は、本件建物を買い受けるため、平成四年二月一七日に入札保証金二一八万二〇〇〇円を、同年三月一三日に代金残額八七三万八〇〇〇円を納付し、その他に登録免許税相当額五一万三七〇〇円の費用を要したことが認められる。

乙第四一号証、同第四二号証の一によれば、控訴人は、本件建物の買受け資金についての被控訴人からの平成四年八月七日付け質問書に対し、同月一二日頃、資金を用意したのは平成四年一月下旬であり、二五〇万円は父からの借入れであり、他は自己資金である旨書面で回答したことが認められ、原審における控訴人本人尋問においては、入札保証金二一八万円余は自宅の金庫に保管していたものから出し、残金八百何十万は自宅の金庫にあった金と妻の郵便貯金をおろしたものを充てたと供述し、また、残額は自宅の金庫にあった二〇〇万円くらいと妻名義の貯金六百何十万円をおろし、競落後の三月一七、一八日頃父から二五〇万円借りたと供述し、また、平成三年暮れには金庫の中に一〇〇〇万円くらいあり、平成四年一、二月頃には七〜八〇〇万円に減っており、その中から入札保証金二一八万円余を出したので、三月一二日頃には金庫に五〜六〇〇万円あったが、この中には郵便貯金を解約した分も含まれている等と供述している。

原判決は、控訴人の右のような供述の矛盾やこれを裏付ける預金通帳等の客観的証拠がないこと等から、控訴人の供述する資金調達の方法には疑問がある旨指摘したが、控訴人は、当審において、控訴人の妻が用意した五〇〇万円というのは、実際には、控訴人の両親が用意して、控訴人に内緒で控訴人の妻に渡し、控訴人の妻がそれを控訴人に渡したものであると主張し、甲第三三号証の一ないし三を提出するが、右の主張は、原審の控訴人の供述は疑問があるとの指摘を受けて、当審で初めてなされたものであるうえ、右甲号証も右主張を全面的に裏付けるものではない。

また、控訴人は、当審において、本件建物の買受け当時、控訴人は自宅の金庫に八〇〇万円くらい保管していたが、そのうち四百数十万円はパチンコで三年から五年かけてためた金である旨供述するが、右供述自体不自然なものであるうえ、乙第四八、第五〇、第六四号証、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、当時畑原管工の業績は必ずしもよいものではなかったことが認められ、右事実に照らしても、控訴人の右供述内容は合理的なものとはいえない。

(四)  本件契約が締結された経緯等

甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証の一ないし三、原審証人永桶正鴻の証言によれば、本件契約は、控訴人が、平成四年三月六日頃、被控訴人の代理店である株式会社トータルサービスセンターに電話をし、本件建物に火災保険をかけたいと申し入れたことにより、その交渉が始まり、同月一三日に締結されたこと、本件建物については、その買受け価格は一〇九二万円であったが、再築費用も担保することとして価額協定の特約により保険金額は五〇六〇万円とされ、家財について後日搬入される家財があるということで保険金額は一〇〇〇万円とされたことが認められる。

(五)  災害見舞金制度への加入及び見舞金の取得

甲第二〇号証の一、二、乙第一六ないし第一八号証、同第四二号証の一及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成四年二月四日、現に居住している家屋が火災等で損害を被った場合に見舞金の支払いを受けられる財団法人簡易保険加入者協会の災害見舞制度に加入し、寄金七五口分一万四二五〇円を支払ったこと、控訴人は、滝川市の自宅に家族と共に住んでいるが、本件火災発生直前である平成四年三月三一日に家族と共に住んでいる滝川市の自宅から本件建物に控訴人一人についてのみ住民票上の住所を移し、本件火災発生後の同年四月六日従前の滝川市の自宅に住民票上の住所を戻したこと、そして、同年六月四日、本件火災発生当時、実際には本件建物に居住していなかったが、本件建物に居住していたとして、八八四万八〇〇〇円の見舞金支払いを受けたことが認められる。

(六)  本件火災発生後の控訴人の言動等

(1) アリバイ

乙第五号証、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、本件火災の発生した平成四年四月三日の午後九時二〇分頃、滝川市のパチンコ店にいる時に本件火災の知らせを受けたことが認められるが、控訴人は、原審及び当審における本人尋問において、当日午後八時頃から本件火災の知らせを受けるまで右パチンコ店でパチンコをしており、右事実は右パチンコ店において換金し損なった出玉数レシート(甲第三九号証の一、二)を所持していることから明らかである旨供述し、控訴人は、右出玉数レシートを所持しているほか、当日の給油の納品書(領収書)(甲第三八号証の一四)も所持している(控訴人本人(当審))。もっとも、控訴人は、右出玉数レシートは、本件火災の知らせを受けて慌てて現場に駆け付けたため、換金する余裕がなかったためにそのまま持っていたものであり、給油の納品書は普段から給油している店のものをたまたま所持していた旨供述している。

(2) 家財の購入先

甲第五、第一一、第一六号証、乙第四一号証、同第四二号証の一、同第四三号証、同第四四号証の一、四、同第四五号証、同第四六号証の一、同第四七、第五六号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、家財の損害について被控訴人に損害見積額明細書を提出していた。被控訴人の担当者が、平成四年七月一〇日、控訴人と面談し、右書面に記載されている箪笥、応接セット、ベッド、テレビ、インテリア等主なものの購入先を尋ねたが、控訴人はすぐには判らないと言って、答えなかった。同月一三日、控訴人は、被控訴人の店を訪れ、家財の購入先は株式会社中島商店(リビング中島、以下「中島商店」という。)である旨告げた。

控訴人は、被控訴人の平成四年八月七日付け照会書に対し、同月一二日頃、控訴人が新規に購入した家財は中島商店ほかで買ったが、中島商店には控訴人自ら買いに行き、同年三月一八、一九日に控訴人と畑原管工の元従業員である梨本某の二人で本件建物に運んだこと、同年七月一〇日に購入先を覚えていないと答えたのは他にも六〜七店で買っており、瞬時の判断がつきかねたためであると書面で回答した。

被控訴人の平成四年八月一四日付け照会書に対し、控訴人は、その頃、中島商店から購入した家財については、三月一七日に購入し、控訴人と梨本とで同月一八、一九日に本件建物に搬入した旨書面で回答し、領収書は未発行ということで、商品明細書(乙第四四号証の四、総額二三六万円)を添付して提出した。さらに被控訴人の同月二五日付け照会書に対しても、控訴人は、その頃、右と同旨の記載をした回答書を送付した。

被控訴人は、控訴人の右回答書等に基づく調査をしていたが、控訴人は、平成四年一一月四日、被控訴人に対し、三月一八日に本件建物に家財を運んだのは中島商店の社員三名であることを思い出したという趣旨を記載した内容証明郵便を送付した。

しかし、平成四年一二月九日の被控訴人の調査により、控訴人が、中島商店から右明細書記載の物件を購入した事実はなく、右商品明細書記載のいくつかの類似物件を辻口が中島商店から購入していること、辻口が中島商店から購入した家財を中島商店の社員が本件建物に運んだこと、その際、中島商店の社員は、辻口の家に寄り、荷物を積み替え、あるいは積み増して本件建物に運んだこと、控訴人と辻口は、平成四年五月以降に中島商店を訪れ、控訴人に対する領収書の発行を要求したが、中島商店は、控訴人との取引はなく、物品も中島商店が実際に販売したものか否か不明であるとして領収書の発行を断ったこと、しかし、辻口は、中島商店に対し、過去に購入した物品の納品明細書という形で発行するよう要求したこと、そこで中島商店は、辻口の指示どおりに商品名、金額を記載して平成四年三月一七日付けで控訴人宛の納品明細書(乙第四四号証の四)を作成し、辻口に交付したことが判明した。

そこで、被控訴人は、平成五年四月一四日頃、控訴人に対し、調査の結果に基づく判断を記載し、控訴人から被控訴人に提出されたら罹災動産についての申告内容及び控訴人の説明には不実の表示、説明があり、不実申告に該当するから保険金の支払いには応じられない旨を内容証明郵便で通知した。

これに対し、控訴人は、被控訴人に対し、中島商店からは辻口の仲介で家財を購入した、家財の一部がすでに辻口宅に運ばれていたので、辻口宅から本件建物に運んだ、明細書(乙第四四号証の四)も日付を逆上らせて作成してもらったとの趣旨を述べている(甲第一一号証)。なお、原審証人辻口幸夫は、中島商店から家財を購入したのは辻口であり、右家財と辻口が従来から所有していた家財とを控訴人に売却した、辻口が中島商店から購入した家財と、従来から所有していた家財の区別はつかなかったので、全部中島商店から購入したことにしてほしかったとの趣旨の証言をしている。

(3) 本件建物の施錠

控訴人は、平成四年四月一七日になされた消防本部の調査に際して、本件建物の南東側出入口だけが施錠可能であり、南西側及び東側の各出入口の鍵はいずれも破損していた旨述べており(乙第五号証)、被控訴人からの平成四年八月七日付け質問書に対し、平成四年八月一二日頃、書面で、被控訴人に対し、鍵については、辻口からは玄関・裏口・居室のスペアー数個を受け継いでいない旨回答し(乙第四一号証、同第四二号証の一)、平成四年八月一四日付けの質問書に対しては、三月二八日に入居者が退去した後鍵をかけなかったのは、美装工事終了後に鍵の工事を予定していたためであり、同月二八、二九日は二四時すぎまで、同月三〇、三一日、四月一日は二〇ないし二二時まで、同月二、三日は朝と夕方の見回りをしていたと書面で回答している(乙第四三号証、同第四四号証の一)。

乙第五六号証によれば、平成四年九月一〇日頃、被控訴人の担当者が控訴人から保険金請求手続等に関して依頼を受けていた矢野裕二と面談した際、本件建物に灯油やシンナーの危険物を置いたまま無施錠であったとすれば、約款上の「重過失」に当たるかどうかが調査事項になる旨告げたことが認められるが、そうしたところ、控訴人は、平成四年九月一六日頃、被控訴人に対し、本件建物については、同年三月二八日から同月三一日までは、工事期間中のため無施錠であったが、同年四月一日から罹災日までは完全に施錠していたので訂正を申し入れる旨記載した内容証明郵便を送付した(乙第三八号証)。控訴人は、原審における本人尋問においても、出入口はいずれも施錠してあった旨供述している。

右のとおり、施錠についての控訴人の供述は変遷しているが、本件火災発生後ほぼ二週間後に行われた消防本部の調査の際は、記憶も新鮮な時であり、南西側及び東側の各出入口の鍵は「破損」していたと述べていることからも信用できるものであり、乙第九号証の六によれば、南西側出入口の戸には、入居希望者は自由に内部を見学してよい旨記載した張紙が貼られていることが認められ、これらの事実によれば、本件建物の南西側及び東側の出入口は施錠されていなかったことが認められ、いずれの出入口も施錠してあったとの控訴人の供述は、右のとおりの供述の変遷の経緯と右認定事実に照らして採用することができない。

2  右認定の事実をもとに争点につき検討する。

(一)  争点(一)(本件契約が公序良俗に反するか。)について

被控訴人は、本件契約は、控訴人が火災発生を予期し、保険金を不正取得する目的で締結したものであるから、公序良俗に反するものであり、無効である旨主張する。前認定の事実によれば、控訴人が本件建物を取得し、本件契約を締結するに至るまでの経緯、本件火災の発生原因及び状況、控訴人の保険金請求の経緯等に不審な点があり、後記のとおり、被控訴人主張の故意免責を認めざるを得ないが、保険契約が、契約者が保険料を支払い、保険事故の発生により保険者が保険金を支払うという態様の契約であることにかんがみると、右認定の事実関係のもとにおいては、未だ、本件契約の締結自体が公序良俗に反するとまでいうことはできない。被控訴人の右主張は、採用することができない。

(二)  争点(二)(本件火災の発生は控訴人の故意によるものか。)について

前認定の事実によれば、本件火災は不審火によるものであり、本件契約の締結直後に発生していること、控訴人の本件建物取得についての目的、動機が合理性を欠くものであり、本件建物の買い受け資金の調達方法も必ずしも明らかではなく、本件建物を無人のまま施錠をしていない等その管理方法にも不審な点があること、本件契約は控訴人の方から求めて締結されたものであるが、保険金額は本件建物の買受け価額に比して非常に高額であり、控訴人は、本件火災発生の直前に、他にも保険契約を締結し、住民票上の住所を不自然に移転させて保険金(災害見舞金)を受領していること、家財の購入や施錠に関する控訴人の供述も変遷しており、不自然なものがあること等が認められ、これら前認定の事実を総合すれば、本件火災は、控訴人の関与のもとに、その意向に基づいて発生したものと推認するのが相当である。

したがって、本件は、本件約款二条にいう保険契約者の故意により損害が生じた場合に該当し、被控訴人は、同条により、控訴人に対し保険金の支払いを拒絶することができるというべきである。

そうすると、控訴人の本件請求は理由がないから棄却されるべきものである。

四  結論

以上のとおりであり、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官竹原俊一 裁判官竹江禎子 裁判官滝澤雄次)

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